崎津天主堂と周辺地域!世界遺産登録を目指す!

2018.04.23

 

2018年世界遺産登録を目指して!

教会建築の名人・鉄川与助が設計・施工した“海の天主堂”とも呼ばれる﨑津教会。

1934年頃、ハルブ神父時代に建てられた天主堂は﨑津諏訪神社から見下ろす集落の中心地に位置し、チャペルの鐘展望公園から眺めると背景に広がる河浦湾に浮かぶように見えることから海の天主堂とも言われている。

正面にそびえる尖塔部分等は鉄筋コンクリート造り、内部は木造を主としており教会にしては珍しい畳敷きになっている。

島原・天草の乱には加担しなかった下天草のキリシタンは海路でしか行くことができなかった﨑津集落などに潜伏して信仰を深めた。

天草地方では1566年に領主の天草久種が南蛮貿易目的で宣教師のルイス・デ・アルメイダに布教を許し、以来天草全体に多くのキリスト教徒が暮らしていた。

島原・天草の乱の際、島原に近かった上天草のキリシタンは一揆に加わり、命を落としていった。

一方、下天草地方のキリシタンは情報が少なかったことも幸いして、一揆に加わらず、難を逃れ、当時船でしか行くことができなかった﨑津集落など限られた集落に潜伏することになった。

(※﨑津集落は今は国道389号バイパスが通っているが、当時は海路でしか行くことができず、そのため潜伏が可能だった。)

潜伏キリシタンは仏教徒を装い、﨑津諏訪神社へお参りするなどして信仰を守り続けていった。

島原・天草の乱後、宗門改めや寺請制度が始まり、番所が置かれ宗教統制が厳しくなった。キリシタンは信仰を守るために表面上は神仏を敬い、仏教徒を演じて潜伏していった。

1651年に建立された﨑津諏訪神社へ詣でる際には、「あんめんりうす(アーメン デウス)」と唱えていたという伝承もある。

明治に入り1873年に禁教令が解かれると、カトリックへの復帰が始まり、﨑津では1876年に多くが改宗し、1880年に﨑津諏訪神社の隣に小さな小屋のような教会が建てられた。
明治中期には﨑津600戸のうち550戸が改宗、現在も300世帯以上の信徒が暮らしている。

2018年初夏!崎津天主堂とその集落は世界遺産登録候補としてピックアップ。

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